武生駅から車で10分ほどのところにある福井村田製作所は、従業員数約3500人の市内最大級の企業だ。売上高8467億円(2014年3月期)を誇る村田製作所グループ最大の生産・開発拠点で、主力製品である積層セラミックコンデンサは、ノートパソコンやスマートフォンなど、日常生活になくてはならない多くの製品に使われている。
越前市で働くことにどのような思いをもっているのだろうか。話を聞いた3人の従業員は、所属する部署はさまざま。ただ、3氏とも福井県、富山県出身で、県外の大学に進学した後、地元に戻って就職した。また、共に家庭をもつ夫であり父親でもある。
同社で採用、教育などに携わる荒井栄氏(管理部人事課マネージャー、42歳)は、入社18年目。出身地である富山の関連会社から福井村田製作所に移って4年目、家族を呼び寄せ妻と中学生の娘の三人で越前市に暮らしている。富山県出身の荒井氏は、横浜の大学に進学したが、就活時に地元に戻って来た。「地元に雇用がなければ戻るという選択肢自体がなかったと思うが、就職したいと思える企業があったことが大きい」と、Uターンを決めた理由を振り返る。
製品の納期や資材の管理などを担当する中田智史氏(積層生産管理部生産管理3課、33歳)は、長野県、富山県の大学を経て、出身地の富山県で就職したが、越前市出身で公務員の妻との結婚を機に、越前市に移住。同社に転職して6年が経った。「越前市に何があるか分からないままに移住したが、この会社でしかつくれない製品をつくっているという自負が仕事のやりがいにつながる。携帯を買う時にも、デザインではなく自社の製品が使われているものを選んでしまう」と話す。
新商品の工法開発に携わる森園真稚氏(第1コンデンサ生産技術開発部生産技術2課、29歳)は、入社4年目。出身は福井県三国町で、同じく福井県出身の妻と子どもの3人家族だ。大阪の大学院で学んだ専門技術を生かすことができる、地元の北陸地方の企業を希望し、就職活動をしたという。「田舎に居ながら世界と仕事をしている。常に世界中の企業と闘っているということが、プレッシャーであり、やりがいでもある」と語る。
地元に戻ることを決めたいちばんの理由として、3氏は生活や子育ての環境のよさを挙げる。越前市は、子育ての支援に力を入れている。福井県でいち早く「越前市子ども条例」を定め、地域ぐるみで子どもの権利を守り、成長を見守ろうという社会づくりを実践している。駅前商業施設の上階に「子ども・子育て総合相談窓口」を設け、親が気軽に相談をできる環境を整えた。手厚い行政サービスの一例として、3人以上の子どもがいる家庭の経済的負担を軽減する「ふくい3人っこ応援プロジェクト」などもある。
福井県は、共働き世帯数の割合(56.8%)は全国第1位、女性の就業率(50.9%)は全国第2位(平成22年国勢調査より)。出生率に関しても、全国平均の合計特殊出生率が1.39なのに対し、福井県は1.61(平成22年人口動態統計より)と高い。
中田氏は、妻と共働きで3人の子どもを育てながら、子育て環境の充実を実感している。「福井には昔から共働きの文化が地域に根付いている。保育園も充実していて、出産後も仕事を続けたいと考えている女性にとっては、越前市は仕事と子育てを両立しやすい環境だと思う」と話す。
中田氏は越前市に移住後、妻の実家に引越し、上の子どもが通った保育園から遠くなったが、下の子どもにも同じ保育園へ通わせている。「さまざまな体験をさせてくれる保育園で、園児たちがみんなしっかりしている。上の子どもの成長ぶりを見ていて、ぜひとも下の子どもたちもその保育園に入れたいと考えた」と語る。
森園氏が地元での就職を希望した理由は、親や親戚が近くにいる環境で子育てをしたいと考えていたからだ。昨年出産した妻は9月から職場復帰の予定で、すでに保育園も決まっている。
荒井氏は、「若い頃は都会での生活に魅力を感じたが、家庭をもち、子どもを育て、老後を過ごすというライフステージの移行を考えると、やはり地元に戻って正解だったと思う」と話す。
福井県は、子どもの全国学力テスト、全国体力テストでつねにトップクラスになる、文武両道の教育大国としても知られている。背景には、小・中・高の教員免許を併せ持つ教員が多いことが挙げられる。また、越前市では学校の統廃合をできるだけ抑制し、地域の歴史や文化を継承する地域ぐるみの教育を長年続けている。
長女が越前市内の中学校に通う荒井氏は、「娘は宿題が多くて大変そうだが、そうやって知らず知らずのうちに学力がつく教育を受けている」と話す。移住を考える人にとっても、教育環境のメリットがあることで、子どもを転校させるハードルは低くなるに違いないという。
中田氏は、「都会に比べれば学校や習い事の選択肢は少ないが、公立の学校に通わせるだけで、十分な学力や運動能力が備わるという面で、教育環境は恵まれているといえるのではないか」と語る。
日常生活で困っていることを聞くと、まず「除雪」という答えが返って来た。多くの人が車で通勤するこの地域では、雪が積もる時期になると出勤前の雪かきが日課になる。
自動車で通勤している中田氏は、「雪が降る時期はいつもより早く朝5時に起きて雪かきをする。越前市内の道路は融雪や除雪車によりしっかりと除雪しているが、通常20〜30分の道のりが、道の状況によっては1時間半かかることもある」と苦笑い。
次に挙がったのは、ショッピングの場所の不足だ。越前市は、夏場は越前海岸での海水浴、冬場はスキーなどと自然を生かしたレジャーは充実している。東尋坊や永平寺をはじめ近隣に観光名所もある。その一方で、市内にショッピングモールなどの大型商業施設がない。「日常の買い物には満足しているが、大都市に比べると物足りなさを感じることもある。家族で滋賀や名古屋のアウトレットに出かけることもある」(荒井氏)。ただ、中田氏は「確かに家の近くに服を買うところはないが、共働きで平日にショッピングはできないので、そこまで不便は感じない。休日にレジャーを兼ねて大都市に出かければいいと考えを切り替えている」と話す。