越前市にあるアイシン・エイ・ダブリュ工業は、オートマチックトランスミッションの心臓部であるトルクコンバータや、各種トランスミッション部品を手掛ける企業だ。従業員数は約3000人、売上高は1030億円(2014年3月期)、その技術力の高さを生かして右肩上がりの成長を続けている。
同社では、1年ほど前にキャリア採用で県外から就職した2人に話を聞いた。もともと福井県には縁がなく、大都市で仕事をしていた両氏のJターンの決め手はなんだったのだろうか。
新製品の開発や設計に携わる川北晃氏(技術開発センター技術部第2T/C技術グループ、31歳)は、京都府の舞鶴出身。10年ほど大阪に住んで仕事をしていたが、キャリア採用で同社に転職した。川北氏は転職に際して、実家がある舞鶴から遠くない場所で、働く場所を探していた。同社の存在は、知人から教えられて知った。
藤木哲也氏(技術開発センター生産技術部熱処理生技グループ、30歳)は、トルクコンバータをより強くするための熱処理工程のための生産ラインの構築を担当している。福岡県出身で地元の大学を出たあと、新卒で京都の企業に就職、転職して神奈川県の小田原に移住、2度目の転職先として同社に就職した。自動車に関わる仕事をしたいと考えて全国から探し、同社を見つけた。「希望の自動車関係の仕事ができるのであれば、場所にこだわりはなかった」と話す。
魚釣りが趣味の川北氏は、ほぼ毎週釣りに出かけているそうだ。家からいちばん近い釣り場の越前海岸へは車で20分ほど。琵琶湖や近隣の三国市まで足を延ばす。「以前住んでいた大阪では、釣り竿を持って人ごみの中を歩いたり電車で移動したりが大変で、なかなか行くことができなかった。越前市は釣り好きには最高の環境だ」と笑顔で語る。
藤木氏は、バイクが趣味。春から秋にかけての休日には、よくツーリングに出かける。お気に入りのコースは潮風が気持ちいい越前海岸沿いの道で、琵琶湖周回のコースにもよく行く。ただし、雪国ならではの悩みもある。「冬の4カ月間は、雪があってバイクに乗れなくなる。映画館やスポーツセンター、ゲームセンターなど、全天候型の娯楽施設が少なく困っている」と話す。
大都市での生活経験がある両氏だけに、不便に思うことはないのかと尋ねると、「思っていたほどではない」との答えが返ってきた。家具や電化製品などは、市内でひと通りそろえることができる。越前市は共働き世帯が多いこともあり、スーパーの惣菜が充実しているので、日々の食事にも困らない。日常生活の面では苦労していないという。
ただ、公共交通機関が発達している都会に対して、どこに行くにも車が必要である点には不便を感じているそうだ。「歩いて行ける範囲にお酒を飲める場所があってほしい。若い人の移住を促すうえでも、駅前にもっと賑わいがあればいいのに」(藤木氏)、「満員電車での通勤がなくなったのは嬉しいが、大阪時代のように会社帰りにふらっと立ち寄れるような店が欲しい」(川北)、と都会生活とのギャップを実感する場面もあるようだ。
若い世代の移住を促進するためのポイントを聞くと、すぐに「やりがいのある仕事」という答えが返ってきた。
アイシン・エイ・ダブリュ工業は、社員の平均年齢が35歳程度と若い。藤木氏は、若手の社員にさまざまな経験をさせて、大きな仕事を任せてくれる気風に、やりがいを感じているという。「社内に活気があり、雰囲気が明るい。同年代の同僚が多く、交流がさかんなのも楽しい」と話す。
川北氏は、「ものづくりに対するこだわりが強い社員が多い。社内に一切の妥協は許さないという姿勢があり、やりがいがある。真剣にものづくりに取り組みたい人にとっては最高の職場だと思う」と仕事場の魅力を語る。
両氏とも、就職したい企業があるから越前市に移住したという感覚が強く、住環境はそこまで重要視しなかったという。身軽に動くことができる独身の若い世代にとっては、どのような仕事に就くことができるかが移住の決め手になるようだ。