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世界を相手にモノづくり 風土豊かな越前市で働く

少子化による人口減少、大都市への一極集中による地方の過疎化が進むなか、多くの地方都市にとって、定住人口を増やすことは喫緊の課題だ。昨年11月には「まち・ひと・しごと創生法」が公布され、地方創生への体制が強化されつつある。

地方への移住、いわゆるU、J、Iターンの促進を考えるときに、まず重要になるのが雇用の問題だ。電子部品、自動車関連などで、福井県内トップクラスの工業製造出荷額を誇る越前市では、地元企業と連携して県外からの雇用促進に取り組んでいる。実際に県外から移住し、地元企業で働く人に越前市の魅力と地方創生に向けた課題を聞いた。

新旧モノづくりの町

和紙業者が軒を並べる地区にある、紙祖神を祀る岡太神社・大滝神社の下宮(写真:キッチンミノル)

福井県の中央部に位置する越前市は、2005年に旧武生市と旧今立町が合併して誕生した。平成27年2月1日時点の人口は8万3751人、世帯数は2万9124世帯だ。7世紀後半には、当時の越前の国府が置かれるなど、古くから北陸地方の政治、経済、文化の拠点として栄えてきた歴史がある。

また越前市は、越前打刃物、越前和紙、箪笥が有名な越前指物などの伝統工芸の技術が守られ、今に続くまちでもある。そのモノづくりのDNAが土台となり、電子部品、自動車関連などにおいて、世界でも最先端の技術を携える産業拠点となっている。

約700年の歴史をもつ越前打刃物の製作の様子。「タケフナイフビレッジ」の工房にて(写真:キッチンミノル)
さまざまな種類が揃う越前打刃物の包丁(写真:キッチンミノル)
越前和紙の伝統的な紙漉きの様子(写真:キッチンミノル)
江戸中期の紙漉き家屋を移築・改修した「越前和紙の里 卯立の工芸館」。職人による伝統的な和紙づくりの様子を見ることができる(写真:キッチンミノル)

ここでしかできない未来を作る仕事 福井村田製作所

武生駅から車で10分ほどのところにある福井村田製作所は、従業員数約3500人の市内最大級の企業だ。売上高8467億円(2014年3月期)を誇る村田製作所グループ最大の生産・開発拠点で、主力製品である積層セラミックコンデンサは、ノートパソコンやスマートフォンなど、日常生活になくてはならない多くの製品に使われている。

越前市で働くことにどのような思いをもっているのだろうか。話を聞いた3人の従業員は、所属する部署はさまざま。ただ、3氏とも福井県、富山県出身で、県外の大学に進学した後、地元に戻って就職した。また、共に家庭をもつ夫であり父親でもある。

同社で採用、教育などに携わる荒井栄氏(管理部人事課マネージャー、42歳)は、入社18年目。出身地である富山の関連会社から福井村田製作所に移って4年目、家族を呼び寄せ妻と中学生の娘の三人で越前市に暮らしている。富山県出身の荒井氏は、横浜の大学に進学したが、就活時に地元に戻って来た。「地元に雇用がなければ戻るという選択肢自体がなかったと思うが、就職したいと思える企業があったことが大きい」と、Uターンを決めた理由を振り返る。

福井村田製作所の荒井栄氏
(写真:キッチンミノル)
福井村田製作所の中田智史氏
(写真:キッチンミノル)

製品の納期や資材の管理などを担当する中田智史氏(積層生産管理部生産管理3課、33歳)は、長野県、富山県の大学を経て、出身地の富山県で就職したが、越前市出身で公務員の妻との結婚を機に、越前市に移住。同社に転職して6年が経った。「越前市に何があるか分からないままに移住したが、この会社でしかつくれない製品をつくっているという自負が仕事のやりがいにつながる。携帯を買う時にも、デザインではなく自社の製品が使われているものを選んでしまう」と話す。

新商品の工法開発に携わる森園真稚氏(第1コンデンサ生産技術開発部生産技術2課、29歳)は、入社4年目。出身は福井県三国町で、同じく福井県出身の妻と子どもの3人家族だ。大阪の大学院で学んだ専門技術を生かすことができる、地元の北陸地方の企業を希望し、就職活動をしたという。「田舎に居ながら世界と仕事をしている。常に世界中の企業と闘っているということが、プレッシャーであり、やりがいでもある」と語る。

福井村田製作所の森園真稚氏
(写真:キッチンミノル)

恵まれた子育て環境が魅力

地元に戻ることを決めたいちばんの理由として、3氏は生活や子育ての環境のよさを挙げる。越前市は、子育ての支援に力を入れている。福井県でいち早く「越前市子ども条例」を定め、地域ぐるみで子どもの権利を守り、成長を見守ろうという社会づくりを実践している。駅前商業施設の上階に「子ども・子育て総合相談窓口」を設け、親が気軽に相談をできる環境を整えた。手厚い行政サービスの一例として、3人以上の子どもがいる家庭の経済的負担を軽減する「ふくい3人っこ応援プロジェクト」などもある。

福井県は、共働き世帯数の割合(56.8%)は全国第1位、女性の就業率(50.9%)は全国第2位(平成22年国勢調査より)。出生率に関しても、全国平均の合計特殊出生率が1.39なのに対し、福井県は1.61(平成22年人口動態統計より)と高い。

中田氏は、妻と共働きで3人の子どもを育てながら、子育て環境の充実を実感している。「福井には昔から共働きの文化が地域に根付いている。保育園も充実していて、出産後も仕事を続けたいと考えている女性にとっては、越前市は仕事と子育てを両立しやすい環境だと思う」と話す。

中田氏は越前市に移住後、妻の実家に引越し、上の子どもが通った保育園から遠くなったが、下の子どもにも同じ保育園へ通わせている。「さまざまな体験をさせてくれる保育園で、園児たちがみんなしっかりしている。上の子どもの成長ぶりを見ていて、ぜひとも下の子どもたちもその保育園に入れたいと考えた」と語る。

森園氏が地元での就職を希望した理由は、親や親戚が近くにいる環境で子育てをしたいと考えていたからだ。昨年出産した妻は9月から職場復帰の予定で、すでに保育園も決まっている。

荒井氏は、「若い頃は都会での生活に魅力を感じたが、家庭をもち、子どもを育て、老後を過ごすというライフステージの移行を考えると、やはり地元に戻って正解だったと思う」と話す。

越前市にある「東保育園」。デイケア施設と併設されており、子どもと高齢者の交流が盛んに行われている。ひとつの厨房で園児と高齢者の給食を同時に作っている(写真:キッチンミノル)

全国トップクラスの教育環境

福井県は、子どもの全国学力テスト、全国体力テストでつねにトップクラスになる、文武両道の教育大国としても知られている。背景には、小・中・高の教員免許を併せ持つ教員が多いことが挙げられる。また、越前市では学校の統廃合をできるだけ抑制し、地域の歴史や文化を継承する地域ぐるみの教育を長年続けている。

長女が越前市内の中学校に通う荒井氏は、「娘は宿題が多くて大変そうだが、そうやって知らず知らずのうちに学力がつく教育を受けている」と話す。移住を考える人にとっても、教育環境のメリットがあることで、子どもを転校させるハードルは低くなるに違いないという。

武生第一中学校の食堂。二種類のメニューから選ぶことができるIT給食を取り入れている(写真:キッチンミノル)
武生東小学校の体育館での授業。越前市の児童の体力は全国でもトップクラスだ(写真:キッチンミノル)

中田氏は、「都会に比べれば学校や習い事の選択肢は少ないが、公立の学校に通わせるだけで、十分な学力や運動能力が備わるという面で、教育環境は恵まれているといえるのではないか」と語る。

雪国、地方都市ならではの苦労も

日常生活で困っていることを聞くと、まず「除雪」という答えが返って来た。多くの人が車で通勤するこの地域では、雪が積もる時期になると出勤前の雪かきが日課になる。

自動車で通勤している中田氏は、「雪が降る時期はいつもより早く朝5時に起きて雪かきをする。越前市内の道路は融雪や除雪車によりしっかりと除雪しているが、通常20~30分の道のりが、道の状況によっては1時間半かかることもある」と苦笑い。

次に挙がったのは、ショッピングの場所の不足だ。越前市は、夏場は越前海岸での海水浴、冬場はスキーなどと自然を生かしたレジャーは充実している。東尋坊や永平寺をはじめ近隣に観光名所もある。その一方で、市内にショッピングモールなどの大型商業施設がない。「日常の買い物には満足しているが、大都市に比べると物足りなさを感じることもある。家族で滋賀や名古屋のアウトレットに出かけることもある」(荒井氏)。ただ、中田氏は「確かに家の近くに服を買うところはないが、共働きで平日にショッピングはできないので、そこまで不便は感じない。休日にレジャーを兼ねて大都市に出かければいいと考えを切り替えている」と話す。

越前市郊外の街並み(写真:キッチンミノル)

Jターンを決意させる仕事 アイシン・エィ・ダブリュ工業

越前市にあるアイシン・エイ・ダブリュ工業は、オートマチックトランスミッションの心臓部であるトルクコンバータや、各種トランスミッション部品を手掛ける企業だ。従業員数は約3000人、売上高は1030億円(2014年3月期)、その技術力の高さを生かして右肩上がりの成長を続けている。

同社では、1年ほど前にキャリア採用で県外から就職した2人に話を聞いた。もともと福井県には縁がなく、大都市で仕事をしていた両氏のJターンの決め手はなんだったのだろうか。

アイシン・エイ・ダブリュ工業の川北晃氏
(写真:キッチンミノル)

新製品の開発や設計に携わる川北晃氏(技術開発センター技術部第2T/C技術グループ、31歳)は、京都府の舞鶴出身。10年ほど大阪に住んで仕事をしていたが、キャリア採用で同社に転職した。川北氏は転職に際して、実家がある舞鶴から遠くない場所で、働く場所を探していた。同社の存在は、知人から教えられて知った。

藤木哲也氏(技術開発センター生産技術部熱処理生技グループ、30歳)は、トルクコンバータをより強くするための熱処理工程のための生産ラインの構築を担当している。福岡県出身で地元の大学を出たあと、新卒で京都の企業に就職、転職して神奈川県の小田原に移住、2度目の転職先として同社に就職した。自動車に関わる仕事をしたいと考えて全国から探し、同社を見つけた。「希望の自動車関係の仕事ができるのであれば、場所にこだわりはなかった」と話す。

アイシン・エイ・ダブリュ工業の藤木哲也氏
(写真:キッチンミノル)

休日はアウトドアを満喫

魚釣りが趣味の川北氏は、ほぼ毎週釣りに出かけているそうだ。家からいちばん近い釣り場の越前海岸へは車で20分ほど。琵琶湖や近隣の三国市まで足を延ばす。「以前住んでいた大阪では、釣り竿を持って人ごみの中を歩いたり電車で移動したりが大変で、なかなか行くことができなかった。越前市は釣り好きには最高の環境だ」と笑顔で語る。

藤木氏は、バイクが趣味。春から秋にかけての休日には、よくツーリングに出かける。お気に入りのコースは潮風が気持ちいい越前海岸沿いの道で、琵琶湖周回のコースにもよく行く。ただし、雪国ならではの悩みもある。「冬の4カ月間は、雪があってバイクに乗れなくなる。映画館やスポーツセンター、ゲームセンターなど、全天候型の娯楽施設が少なく困っている」と話す。

越前市郊外の風景(写真:キッチンミノル)
越前市の中心市街地の周辺にある観覧車。たけふ菊人形祭りの期間は運営される

歩けるまち、駅前中心市街地の充実を

大都市での生活経験がある両氏だけに、不便に思うことはないのかと尋ねると、「思っていたほどではない」との答えが返ってきた。家具や電化製品などは、市内でひと通りそろえることができる。越前市は共働き世帯が多いこともあり、スーパーの惣菜が充実しているので、日々の食事にも困らない。日常生活の面では苦労していないという。

ただ、公共交通機関が発達している都会に対して、どこに行くにも車が必要である点には不便を感じているそうだ。「歩いて行ける範囲にお酒を飲める場所があってほしい。若い人の移住を促すうえでも、駅前にもっと賑わいがあればいいのに」(藤木氏)、「満員電車での通勤がなくなったのは嬉しいが、大阪時代のように会社帰りにふらっと立ち寄れるような店が欲しい」(川北)、と都会生活とのギャップを実感する場面もあるようだ。

越前市の街並み(写真:キッチンミノル)
越前和紙のショップ(写真:キッチンミノル)

企業のブランド力が移住の決め手になる

若い世代の移住を促進するためのポイントを聞くと、すぐに「やりがいのある仕事」という答えが返ってきた。

アイシン・エイ・ダブリュ工業は、社員の平均年齢が35歳程度と若い。藤木氏は、若手の社員にさまざまな経験をさせて、大きな仕事を任せてくれる気風に、やりがいを感じているという。「社内に活気があり、雰囲気が明るい。同年代の同僚が多く、交流がさかんなのも楽しい」と話す。

川北氏は、「ものづくりに対するこだわりが強い社員が多い。社内に一切の妥協は許さないという姿勢があり、やりがいがある。真剣にものづくりに取り組みたい人にとっては最高の職場だと思う」と仕事場の魅力を語る。

両氏とも、就職したい企業があるから越前市に移住したという感覚が強く、住環境はそこまで重要視しなかったという。身軽に動くことができる独身の若い世代にとっては、どのような仕事に就くことができるかが移住の決め手になるようだ。

「中心市街地の活性化を地方創生のはずみに」

越前市内の二つの”モノづくり企業”に勤める社員たちに取材してわかったことは、越前市は、他の地方都市と違って、安定的な雇用があり、子育ての環境も整っているなど、潜在的なポテンシャルがあることだ。総じて市の現在の環境に大きな不満は感じていない。ただし、中心市街地の活性化は必要だと考えている。中田氏は、「中心市街地の空いているところに高齢の親世代が住むことができる住宅や福祉施設を市が整備してはどうか。親世代ごと若い世代が移住できる環境を整えれば、都会からも移住しやすくなるのではないか。市の税収が増えれば、市民へのサービスもさらに向上する」と熱心にアイデアを話す。確かに、定着人口を増やすカギのひとつは、市街地の活性化と言えるだろう。

かこさとし ふるさと絵本館(写真:キッチンミノル)
越前市中央図書館。越前市は「読書のまち」を宣言している(写真:キッチンミノル)

現在、市では中心市街地の活性化計画に取り組んでいる。武生駅を含む約1km四方、約123haのエリアを設定し、空き家のリフォーム費、住宅取得、新婚世帯の家賃補助など、中心市街地への移住を促す事業を行っている。同時に、総社大神宮、古い街並みが残る「蔵の辻」、指物職人が集まる「箪笥町」など、エリア内の各地区がもつ魅力を生かす活性化を目指していく。

最後に、越前市の企業で働く人たちに、地方創生の動きをどのように捉えているかを尋ねた。皆、大都市への人口集中の一方で、地方の過疎化が進む日本の現状には、危機感を覚えているという。中田氏は、「地方創生には大賛成。地方は都会と比べて、人と人のつながりや個人の人間力が高いと思う。いかに地方の力を活用していくかが、今後の日本にとって重要なのでは」と語っていた。

(構成・文:飯田彩)