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夫の家業「越前箪笥」。その伝承の美は私が広める

結婚を機に越前市での生活をスタート。
家業を継いだご主人をサポートしながら、ワークショップの開催を通じて伝統工芸「越前箪笥」の魅力を伝えている。

小柳由佳さん(47歳)● 小柳タンス店

 共働き率全国ナンバーワン(※)で、かつ出生率も全国上位を維持するなど、女性が産みやすく働きやすい環境が整っていることで有名な福井県。その中央部に位置する越前市は、女性の就労や子育てについて、とりわけ手厚い支援体制があることで知られている。

 今回は、「小柳タンス店」の四代目と結婚し、越前箪笥のPR活動に勤しむ小柳由佳さん(47歳)に、仕事や暮らしなどについて聞いた。

伝統工芸を受け継ぐ四代目との結婚を機に越前へ

 古くからモノづくりの町として知られる越前市には、今もさまざまな伝統産業が息づいている。2013年に経済産業大臣指定の伝統的工芸品に認定された「越前箪笥」もそのひとつだ。「越前箪笥」がつくられるようになったのは、江戸時代末期頃。ケヤキや桐などの木材を、釘を使用しない指物技術で加工した後、漆塗りを施し、鉄製の飾り金具で装飾するという工程で製造される。

 「越前箪笥は重厚なデザインが特徴ですが、ところどころに縁起のいい吉祥文様があしらわれているところが魅力です。例えば、飾り金具にある“猪目(いのめ)”と呼ばれる文様はイノシシの目をモチーフにしたもので、魔除けの意味があります。神社仏閣でもよく見られる文様ですが、ハート型のデザインがかわいいというお客様も多いですね」

 そう話すのは、明治40年(1907年)の創業以来、「越前箪笥」を伝承してきた「小柳タンス店」の小柳由佳さん。熊本県八代市で生まれ育ち、高校卒業後に名古屋市の看護学校に進学。3年ほど同市内の病院に看護師として勤務した後、1998年、結婚を機に越前市へと移住した。その結婚相手が、「小柳タンス店」四代目の小柳範和さんだった。

 「1999年に出産してから家事や育児に専念していましたが、息子が高校に入学したタイミングで家業の事務や経理を担うようになりました」

 100年以上の歴史を持つ「小柳タンス店」は、伝統と技術を継承しつつ、時代に合わせて桐ダンスや建具、オーダー家具などを制作してきた。タンス職人であり、技を後世に伝える伝統工芸士でもある四代目の小柳範和さんは、クリエイティブなモノづくりを追求。伝統的な「越前箪笥」はもちろん、現代のエッセンスを取り入れた家具や雑貨など、“木にこだわった”作品を制作し、ショップ&アトリエの「kicoru(キコル)」で展開している。

 また、「小柳タンス店」では、多くの人に「越前箪笥」を知ってほしいという思いから、予約制のワークショップや工房見学を開催。これらは由佳さんが担当している。

後継者の育成を重視し、積極的にPR活動に取り組む

 「ワークショップについては、越前箪笥の歴史や文化的背景などをご説明してから指物技術でのモノづくりを体験していただくという流れで、より理解が深まる構成にしています。自宅で使えるペンスタンドやトレー、組子時計などを作っていただきますが、準備がなかなか大変。でも、お客様の笑顔や楽しそうな様子を見ると“また頑張ろう”とモチベーションが上がります。最近では、中学生の女の子がショップに置いてあった25万円の『からくり箪笥』の説明を聞くうちにすっかり気に入ったようで、“おこづかいを何ヵ月貯めれば買えるかな”と友だちに相談していました。若い世代の方々が興味を持ってくださるのは、とても嬉しいことですね」

 ワークショップは「kicoru」で行うだけでなく、公民館や学校に出張したり、各種イベントへの出展などでも開催。伝統工芸の後継者育成を目指し、積極的に「越前箪笥」のPRに取り組んでいる。

 「現在、五代目見習いの息子のほかに、もうひとり働いている若手職人も、こうしたイベントをきっかけに弊社で修業することになりました。伝統工芸を習得したい人をサポートする福井県の“伝統工芸職人塾”という制度が他県在住の彼を後押しし、移住や職人へのハードルを下げてくれたようです」

 また、以前には若い女性を受け入れたこともある。それは、5、6年前、従業員の募集をしたときのこと。

 「応募してきたのは別の職業に就いていた31歳の女性で、面接ではモノづくりに興味があることや、お父様が蒔絵師なのでいつか自分の木工作品に蒔絵を施してもらいたいという希望を語ってくれました。女性の30代って、転職や資格取得などでスキルアップを図ったりと、将来のことを真剣に考える時期だと思います。私の周囲にもそういう女性がいましたし、面接にきた彼女もそうなのかなと。主人は体力的なことを心配していましたが、彼女からは強い思いと熱意を感じたので採用しました」

 その女性は残念ながら家庭の事情で退職したが、知識も技術もゼロのところから最終的には家具を作り、漆を塗るところまでできるようになったという。

 「女性には女性ならではの感性がありますから、それをデザインに反映できれば越前箪笥はまた進化していくと思います。もし、やる気のある方が門を叩いてくださったら、一緒に働いてみたいですね」

指物技術でモノづくりが体験できるワークショップでは、由佳さんが作り方をアドバイスすることも。「越前箪笥」の伝統の技は、四代目の小柳範和さんから五代目見習いの勇貴さんへと受け継がれていく

子どもが伝統工芸を学べる体験プログラムが充実

 「越前箪笥」をPRする仕事にやりがいを感じている由佳さんだが、生活の場である越前市にはどのような思いを抱いているのだろうか。

 「暖かい九州で育ったため、住み始めた当初は四季の寒暖差がはっきりしている気候に戸惑いました。今では、それが魅力に感じられます。春は花がきれいで、夏は緑がみずみずしく、秋は紅葉が鮮やかで、冬の雪景色は童話の世界のようです。移住して20年以上たちますが、今も季節ごとの景色に感動します」

 結婚した翌年に出産した由佳さんは、子育てに関しても越前市らしさを実感したという。

 「保育園や幼稚園は数が多く、学童保育も充実しています。通常、幼稚園は2時までですが、息子が通った幼稚園は希望すれば延長保育も可能でした。子どもを預けられる場があり、共働きでも安心して生活できると思います。また、子どもが地域の文化や産業を楽しみながら学べる機会が多いのも越前市ならでは。息子は伝統産業などを体験できるプログラムが大好きで、よく参加していました」

 そのほか、越前市には農業体験や自然とのふれあい体験、特産品や伝統食づくりなど親子で楽しめることはもちろん、子どもだけでも参加できる体験プログラムが充実。子どもを心豊かに育てるための環境が整っている。

 「弊社では、四代目とプロダクトデザイナーの鈴木啓太さんが組み、アートと伝統を融合させた新しいブランド『OYANAGI』を2020年に立ち上げました。こうした製品の販路を海外に広げたり、ショップにいらっしゃる外国のお客様にも伝統工芸の魅力を伝えられるように、今勉強中の英語をしっかり学び、ペラペラに話せるようになることが今の夢です」

「越前箪笥」の指物、漆塗り、飾り金具は職人が分業で行うが、「小柳タンス店」の四代目はひとりですべてをこなす。ショップ&アトリエの「kicoru」には、脚を付けて使いやすく工夫した「越前箪笥」や、隠し扉などいくつもの仕掛けがある「からくり箪笥」ほか、「無電源スマホスピーカー」「縁起柄コースター」といった実用的でおしゃれなグッズも並ぶ

福井県越前市で働く

越前市には、認定こども園と保育園が私立・公立合わせて計24園ある。認定こども園とは、幼稚園と保育園の両方の機能をあわせ持ち、地域の子育て支援も行う施設のこと。保育園では通常の保育のほかに、延長保育、休日保育、一時預かりなどがあり、柔軟な対応で働くママやパパを応援する。

>越前市の子育てについてはこちら

取材・文:後藤かおる  撮影:山岸 政仁
* この記事の年齢、役職などは取材時のものです
※ 福井県の共働き率58.6%、全国平均48.8%(総務省「平成27年度国勢調査」より)