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伝統工芸に惹かれて I ターン。和紙職人を目指す

インターンを経て、大学卒業後に五十嵐製紙に就職。
一人前の和紙職人になるために修行しながら、地域の若手伝統職人とともにプロジェクトも進めている。

古澤 花乃さん(25歳)●五十嵐製紙

越前和紙に宿る伝統と新しさを目にして、紙漉きを志す

 共働き率全国ナンバーワン(※)で、かつ出生率も全国上位を維持するなど、女性が産みやすく働きやすい環境が整っていることで有名な福井県。その中央部に位置する越前市は、女性の就労や子育てについて、とりわけ手厚い支援体制があることで知られている。

 今回は越前市にIターンし、新卒で「五十嵐製紙」に入社した古澤花乃さん(25歳)に、仕事のやりがいや移住後の暮らしなどについて聞いた。

 2人1組となって、大きなふすま用の和紙を手際よく漉いていく。その姿はとても手慣れているように見えるが、「ベテランの職人が10だとすると、自分はまだ2か3のレベル」と話す古澤さん。現在、和紙職人を目指して、越前和紙を生産する五十嵐製紙で見習い中だ。

 兵庫県で生まれ育った古澤さんは、京都にある芸術大学の日本画コースに進学。将来的には「絵を描くことを仕事にしたい」と考えてのことだった。そして、大学で学ぶうちに伝統工芸に興味を持ち始め、就職活動の際に先生に相談。仕事として成り立つのかどうか聞いたところ、「伝統工芸の職人は一人前になるまでが大変。それまでの間、ひとりで生活していくことは難しい。でも、モノづくりの町として有名な福井県越前市なら、伝統工芸の若手後継者を育てるための制度や助成があるから可能性はあると思う」との回答を得た。

 先生の勧めもあり、1500年の歴史を誇る越前和紙のインターンシップに応募。4年生の夏休みに、インターンを受け入れている五十嵐製紙で1カ月間、研修を受けることになった。

 五十嵐製紙は、和紙業者が軒を並べる越前市の今立五箇(ごか)地区において、100年以上も紙漉きの技を継承する老舗工房。機械漉きや手漉きでのふすま紙を主力としながら、デザイン性の高い創作和紙をはじめ、ガラスに和紙をはさみ込んだ「和紙ガラス」、あたたかな光を放つ照明「和紙あかり」など、オリジナリティあふれる作品や商品を積極的に展開している。

 2018年、インターンとして同社を訪れた古澤さんは、そこで越前和紙と出合い、まず驚きを感じたという。

「それまで和紙といえば、小さくて無地で真っ白というイメージを持っていました。ところが、五十嵐製紙で漉いていたのは、ふすまサイズの大きなもので、美しい模様が漉き込んであったり、絵画的だったりと見たことのないものばかり。和紙に対する印象が変わり、私にはとても新しいものに見えました」

 越前和紙に奥深さを感じ、「ここで働きたい」という気持ちが湧いた。が、そのためには知り合いがいない越前市にIターンする必要がある。移住への不安はあったが、インターンの期間中、同社の人たちが「丁寧にあたたかく接してくれた」という安心感が背中を押し、伝統工芸の世界に飛び込むことを決意した。

入社早々に「大ふすま展」にチャレンジ

 19年4月から五十嵐製紙で働き始めた古澤さんの仕事は、ベテランの先輩と2人でふすま紙を漉くこと。さすがに冬場は水の冷たさが身にしみるというが、それも気にならないほど「毎日、面白いことの連続」と笑う。

「紙漉きには明確なマニュアルがあるわけではなく、すべて手先の感覚や目で見た感じで判断します。気温によっても1枚1枚の仕上がりが違ってくるので、数年ではとても習得できません。でも、長い年月をかけて技術を身につけていく感覚が、自分には合っているなと思います。失敗することも多いけれど、自分で工夫しながらやっているうちに突然コツをつかめたりする。“これが正解なんだ”って、わかることがすごく面白いですね」

 紙漉きに対する探究心と前向きな姿勢で、たとえ先輩に「紙の厚みが全然違う」とダメ出しされても、決して凹むことなく、自分の拙さを素直に受け止める。「課題があるとやる気が出るタイプ」で、解決策を考えることにやりがいを感じるという。こうして古澤さんがモチベーション高く仕事を続けられるのは、若手の育成を重視する五十嵐製紙の方針によるところも大きいだろう。

 それを象徴しているのが、19年9月から約3カ月間開催された「大ふすま展」だ。越前和紙の魅力を伝えるため、産地の中でも大判の紙を漉く5社がさまざまな作品を公開する展示会だが、同社では新人の古澤さんにチャレンジの機会を与えた。

「入社した年の夏に、“ふすま紙に絵を描いて、出展してみない?”と言われて。びっくりしました。大学ではそんなに大きなサイズの絵を描いたことがなかったのですが、挑戦してみようって」

 絵の腕前を活かし、約1カ月で2パターンの作品を制作。ひとつは墨を使って「龍」を、もうひとつは日本画の絵の具で「鯨」を描き、いずれも4幅対で4枚のふすまを並べると、それらの迫力ある姿が浮かび上がるという大作だ。

「来場された方に“これはあなたが描いたの?”と声をかけていただいたりと、顔を覚えてもらうきっかけになりました。達成感もありましたし、大きな自信にもなりました」

2人1組で漉いているのは、繊維の絡まりによって紙の表面が雲のように見える、ふすま用の「雲肌紙(くもはだがみ)」。まず、ベースとなる地紙を漉き、模様となる上掛けをした後、乾燥時に紙をはがしやすくするために布をはさみながら漉いた紙を積み上げていく

若手職人との交流でプライベートも充実

 越前市に移住して3年目を迎えた古澤さん。2年目までは、越前和紙の後継者育成を目的とした宿泊施設「越前長屋」に住み、それ以降は職場の先輩の紹介で会社の近くに空き家を借りてひとり暮らしをしている。

「この町の魅力は、さまざまな伝統工芸が集まっていること。町を歩くとそれらを目にすることができて、とても素敵だなと思います」

 古澤さんが言うように、越前市は越前和紙のほか、700年の歴史を持つ越前打刃物、江戸時代から伝わる越前箪笥といった伝統産業が狭い範囲に集積している世界でも数少ない地域。これらの伝統工芸のジャンルを超えて、若手職人同士のネットワークがあることも特徴のひとつだ。

「例えば、伝統工芸を身近に感じてもらうことを目的とした『若手職人チャレンジ応援プロジェクト』をはじめ、若手職人が集まってさまざまな活動を行っています。こうしたプロジェクトに向けて、就業後や休日は和紙を使った作品のアイデアを考えたり、実際につくったり。コロナ前には、飲み会や会議も行われていました。ここでの同世代の人たちとのつながりは、周囲に知り合いがいない移住者にとって、とてもありがたいですね。以前は人見知りでしたが、みんなと親しくなるために自分から話しかけたりと積極的にもなりました」

 仕事でもプライベートでも成長を続け、充実した毎日を過ごしている古澤さん。越前市での暮らしにも満足しているという。「この地にはのどかな空気が流れているので、のんびり穏やかに暮らすことができます。水がきれいなせいか、お米や野菜がおいしいのもうれしい」。 隣人が畑で収穫した採れたての野菜を分けてくれたり、ちょくちょく声をかけてくれたりと、「ひとり暮らしには安心」と思えるご近所づきあいもするようになった。

「今後の目標は、自分で“職人”と名乗れるぐらいの技術を身につけていくこと。その上で、自分なりの表現ができるようになればいいなと思います。一方で、もっと気軽に手に取れるような和紙製品を作って発信し、和紙の魅力や可能性を若い世代に伝えていきたいですね」

五十嵐製紙独自の製法で球体に梳き上げた和紙に、絵付けをするのも古澤さんの担当。かわいい動物キャラクターを描き、「起き上がりこぼし」に。また、同社では、楮(こうぞ)やミツマタ、雁皮(がんぴ)といった和紙の原料の収穫量が年々減少している問題に対応すべく、野菜や果物を使った「Food Paper」を開発。紙文具として販売している

福井県越前市で働く

越前和紙産地には越前和紙を学ぶ若者を受け入れるための施設がある。伝統技術を学ぶ人に安価な賃貸料で住居を提供する「越前長屋」と体験施設「越前てわざ工房」だ。越前和紙伝統工芸士が県内外の研修生に和紙の製造過程を教えるなど紙漉きの後継者育成に注力している。詳しくは福井県和紙工業協同組合まで。

>福井県和紙工業協同組合

取材・文:後藤かおる  撮影:山岸 政仁
* この記事の年齢、役職などは取材時のものです
※福井県の共働き率58.6%、全国平均48.8%(総務省「平成27年度国勢調査」より)